澁澤龍彦 りんご

発行者: 06.09.2021

翼を買う    ジョセフ・グランドヴィル|「独断の空しさ」    後世のひとびとにとって、遠隔の地へ飛んでゆくために一対の翼を買うことは、    今日のひとびとが馬で旅するために、一足の長靴を買うことと同じほどに普通    のこととなろう。       「オブジェを求めて」P166   1985年河出書房新社刊 タグ : 澁澤龍彦. ではどこで澁澤の最期が語られるのか。 あとがきである。 しかも書いているのは 澁澤と18年連れ添った妻・龍子 なのだ ちなみに澁澤はバツイチで前妻は天才少女・不滅の少女こと、作家・矢川澄子 。そのあとがきはまぁ、 恐ろしいほどの名文 でやばい。.

スーツにサングラスの澁澤。 「逃走中」の空き時間でやばい。 あと2人の温度感がまるであってないのもやばい。 澁澤「この前、パリの金髪美女がさ〜」。三島「黙れ貴様、日本男児ならば大和撫子を抱け」 みたいな。やばい。. 黄金の鳥   イェイツ|「ビザンティウムへの船出」  ひとたび自然から離れたら もう二度と私の肉体は  いかなる自然物から形を借りることもあるまい  私の望む形はただ ギリシアの黄金細工師が  金を延べ金を被せて造ったような肉体だ  皇帝の眠たげな目をさましておくために  またビザンティウムの貴族や貴婦人たちに  過去現在未来の何たるかを歌って聞かせるために  黄金の枝の上に据えておく黄金の鳥のような肉体だ   「オブジェを求めて」P28  1985年河出書房新社刊 タグ : 澁澤龍彦.

澁澤の長年の友であった三島由紀夫は、澁澤について 「その博識には手がつけられないが、友情に厚いことでも、愛妻家であることでも有名。この人がゐなかつたら、日本はどんなに淋しい国になるだらう」 (『澁澤龍彦氏のこと』より)とも述べています。澁澤龍彦の生涯に触れてみると、偉大なる文学者が少し身近に感じられ、より彼の著作が楽しめるのではないでしょうか。. エオリアン・ハープ  スタール夫人|「ドイツ論」第一部    ドイツの君主たちの壮麗な庭園では、しばしば花々にかこまれた洞窟の近く   にエオリアン・ハープを置き、風によって音色と香りとが同時に大気中に運ばれ   るようにしてあるのを見受ける。    北方の住民の空想は、このようにイタリアの自然を造ろうとみずから努めてい   るのである。そして疾く過ぎてゆく輝かしい夏の日、ひとは時として、おのれがい   ずこの地にあるのか分からないような気分になる。     「オブジェを求めて」p246      1985年河出書房新社刊 タグ : 澁澤龍彦.

中森明夫(アイドル評論家)に「文学をやれよ」と呟いた中上健次 アイドル評論家として知られる中森明夫氏は、年に発表した作品『アナーキー・イン・ザ・JP』で三島賞候補になるなど、純文学の作家の顔をもつマルチな作家。そんな氏に「文学をやれよ」と32年前に奨めたのが、中上健次でした。ここでしか読めない、2人の貴重なエピソードをご紹介します。.

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中森明夫(アイドル評論家)に「文学をやれよ」と呟いた中上健次 アイドル評論家として知られる中森明夫氏は、年に発表した作品『アナーキー・イン・ザ・JP』で三島賞候補になるなど、純文学の作家の顔をもつマルチな作家。そんな氏に「文学をやれよ」と32年前に奨めたのが、中上健次でした。ここでしか読めない、2人の貴重なエピソードをご紹介します。.
  • まぁやばいやばい言ってるが、別に否定したいわけではなく、むしろ 私は長らく彼のファンだ。 去年は神保町で開催された澁澤を語りながら酒を飲む会にも末席で参加した。おじさんが集まって18禁の会話を繰り広げてるのを見て 「これいま警察きたら捕まるな〜」 とか思いながらウイスキーをチビチビやっていた。みんな創作はもちろん、やばいエッセーに現れるその独特でアングラな視点が好きなのだ。.
  • 須賀敦子の軌跡 随筆家・翻訳家の須賀敦子は昨年没後20周年を迎え、最近では『須賀敦子の本棚』(河出書房新社)などの刊行や、『池澤夏樹編日本文学全集』(河出書房新社)への収録、多くの関連書の出版などがされています。長年住んだイタリアの地で出会った人々や自らの軌跡を、晩年になって静謐な筆致で綴った文章は、沢山の人々の人気を集めました。今回はそんな須賀敦子の文章を頼りに、彼女の人生を辿っていきます。. 新潮社「芸術新潮」の担当編集者であった 龍子 に出会い、前妻の澄子と離婚した澁澤は、年に再婚します。この頃の澁澤はすでに翻訳者・小説家として高い評価を受ける作家となっていましたが、同時にその 自由奔放で破天荒な発言 でも注目を浴びることが多々ありました。.

「ポルノ作家」マルキ・ド・サドに傾倒

ライラック    群がる星のように   たとえばオスカー・ワイルドの「ドリアン・グレイの画像」 の冒頭にも、   次のような美しい描写がある。   「風が樹々から花びらを吹きちらし、群がる星のように咲きみだれた   重たげな ライラックの花が、けだるい空気の中でゆらゆらと動いてい   た。きりぎりすが一匹塀ののそばで鳴きはじめ、青い一筋の糸のよう   に細長いとんぼが、茶褐色の薄紗のような羽をひろげて飛んでいった。」   この場面のロンドンは、春というよりはすでに初夏であろう。「群がる星   のように」とは、それにしても美しい表現だ。     「フローラ逍遥」P72・73   1996年平凡社ライブラリー刊 タグ : 澁澤龍彦. この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか? 気軽にクリエイターの支援と、記事のオススメができます!. 翼を買う    ジョセフ・グランドヴィル|「独断の空しさ」    後世のひとびとにとって、遠隔の地へ飛んでゆくために一対の翼を買うことは、    今日のひとびとが馬で旅するために、一足の長靴を買うことと同じほどに普通    のこととなろう。       「オブジェを求めて」P166   1985年河出書房新社刊 玉堂 算命 学 : 澁澤龍彦.

芥川龍之介没後90年。その生涯に迫る。 年7月、日本を代表する文豪のひとりである芥川龍之介がこの世を去りました。『羅生門』や『鼻』などをはじめとする数々の作品を発表した芥川の素顔とはどのようなものだったのでしょうか。芥川の生涯に注目し、解説します。.

ぽたり 土の上に    幼いころから親しんだ童謡にも、椿の花はしばしば出てきたのではなかろうか。思   えば、私の少年時代は、まだ日本も完全な農業国だったから、小学唱歌や童謡にも、   農業をめぐる四季の情緒を歌ったものが圧倒的に多かった。椿はかならずしも農とは、   結びつかないが、たとえば次のような歌はどうだろう。       お山のお山の 尼寺に       白い椿が咲いたとき       ぼくぼく木魚を打つたびに       白い椿が散ったとさ       ふもとのふもとの水車場に       赤い椿が咲いたとさ       ごとごと水車のまわるたび       赤い椿が散ったとさ     椿の花を歌った童謡で、さらに私の気に入っていたものには、また次のような歌詞のも    のもあった。       ぽたり 土の上に       小さな音が ころがり落ちた       ぽたり また聞こえる       雨戸あけて よくよく見れば       ああ 椿の花     「フローラ逍遥」p21-25    1996年平凡社ライブラリー刊        タグ : 澁澤龍彦.

日時計     リルケ|「日時計」     しめっぽい朽葉のひんやりした匂いも     雫がたがいに滴る音に耳を澄ましたり     渡り鳥が鳴いていたりする庭の樹陰から     めったに日時計にまで届いてくることはない     マヨナラやコエンドロの花の中に     日時計は立って 夏の時間を示している     ただ(召使いをしたがえた)貴婦人が     明るい鍔広の麦藁帽子をかぶって     そのおもてにかがみこむとき     日時計は翳って だまってしまう     あるいはまた夏の通り雨が     揺れうごく高い梢のあいだから     降りかかるとき 日時計はしばらく休む     なぜなら日時計はそんな時間をどう表していいか知らないからだ     白い四阿の中の果実や草花が     急に輝き出すそんな時間       「オブジェを求めて」p192・3   1985年河出書房新社刊  uranaituku ru タグ : 澁澤龍彦.

P  . P65    .                  クレしん チーター.                                                                                                         澁澤龍彦 りんご.

ともし火   ともし火に我もむかわず燈火もわれにむかわず己がまにまに                               光巌院「光厳院御製」          澁澤龍彦コレクション2 「オブジェを求めて」p174河出書房新社刊  タグ : 澁澤龍彦. この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか? 気軽にクリエイターの支援と、記事のオススメができます!. それから澁澤が旅立つまでのこと、闘病中の様子が語られる。読めば読むほどに 澁澤夫妻の仲の良さ が伝わってくる。 互いを敬っていて、共通のものを好きで、二人のセンスが通っている様子が克明に描かれている 。あの変態・澁澤龍彦と18年も寄り添えたのは 共感、また共鳴にこそあったのだな 、と深く思わされる。そして末文はこう締めくくられる。.

季節は秋だった  ローマの 詩人ホラティウス「諷刺詩集」第一巻第三章に、音楽家ティゲリウス  はまぐれな男で、気がむけば饗宴の席で「卵から林檎まで」大声あげて歌を  歌いまくるとある。  ラテン語で書けばab ovousque ad mala である。  前菜のは卵、デザートには林檎が欠くべからざるものだったので、「卵から林  檎まで」は「初めから終わりまで」の意味で広く用いられていたらしい。  林檎はラテン語でマルムといった。   澁澤龍彦「フローラ逍遥」 P・ 平凡社ライブラリー刊 タグ : 澁澤龍彦.

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冒険小説を読みふけった少年時代

菫      ギリシャの花冠    菫のみずらの、きよらかに    やさしく微笑ふサッポウよ、    きみに言いたいことがあるのを、    虔 しみの心が妨げるのだ。    アルカイオスの四行詩だが、呉さんの筆にかかると、じつに陶冶な、じつに流麗な日本語に   なるのは驚くばかりである。    中世になると、スミレは聖母マリアの花として、ますます脚光を浴びるようになる。なぜスミ レがとくにマリアに結びつけられたかといえば、その匂いや気品もさることながら、キリスト教 うた∽かた 9話    「百合」項でも書いたが、マリアは「謙譲のスミレ、純潔のユリ、そして慈愛のバラ」なのであ   る。    この三つの花ほど、中世の美術に頻出する花もないだろう。     「フローラ逍遥」p37-40     1996年平凡社ライブラリー刊 タグ : 澁澤龍彦.

中森明夫(アイドル評論家)に「文学をやれよ」と呟いた中上健次 アイドル評論家として知られる中森明夫氏は、年に発表した作品『アナーキー・イン・ザ・JP』で三島賞候補になるなど、純文学の作家の顔をもつマルチな作家。そんな氏に「文学をやれよ」と32年前に奨めたのが、中上健次でした。ここでしか読めない、2人の貴重なエピソードをご紹介します。. 心あてに折らばや折らむ  なにしろ私は戦中世代なので、少年時の思い出のなかの菊の花といえば、  すぐに目に浮かぶのが十一月三日、明治節の式典である。  小学校でも中学校でも、その日は式場に懸崖づくりの菊の花がたわわに  飾られていたようにおぼえている。  すでに朝などは冷え冷えする季節で、小学校の校庭に整列してたっていると、  半ズボンからむき出しになった太股が肌寒かった。       秋の空澄み 菊の香たかき    今日の佳き日を みな寿ぎて  「アジアの東 日出づるところ」ではじまる明治節の歌を記憶しているひとも、  いまではすっかり少数派になってしまったのではないだろうか。   澁澤龍彦「フローラ逍遥」P199・200 1996年平凡社ライブラリー刊 タグ : 澁澤龍彦.

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それから澁澤が旅立つまでのこと、闘病中の様子が語られる。読めば読むほどに 澁澤夫妻の仲の良さ が伝わってくる。 互いを敬っていて、共通のものを好きで、二人のセンスが通っている様子が克明に描かれている 。あの変態・澁澤龍彦と18年も寄り添えたのは 共感、また共鳴にこそあったのだな 、と深く思わされる。そして末文はこう締めくくられる。.

中森明夫(アイドル評論家)に「文学をやれよ」と呟いた中上健次 アイドル評論家として知られる中森明夫氏は、年に発表した作品『アナーキー・イン・ザ・JP』で三島賞候補になるなど、純文学の作家の顔をもつマルチな作家。そんな氏に「文学をやれよ」と32年前に奨めたのが、中上健次でした。ここでしか読めない、2人の貴重なエピソードをご紹介します。.

須賀敦子の軌跡 随筆家・翻訳家の須賀敦子は昨年没後20周年を迎え、最近では『須賀敦子の本棚』(河出書房新社)などの刊行や、『池澤夏樹編日本文学全集』(河出書房新社)への収録、多くの関連書の出版などがされています。長年住んだイタリアの地で出会った人々や自らの軌跡を、晩年になって静謐な筆致で綴った文章は、沢山の人々の人気を集めました。今回はそんな須賀敦子の文章を頼りに、彼女の人生を辿っていきます。.

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