クロードと一緒に

発行者: 02.09.2021

イーヴは刑事が思っていたように、育ちが憎いだとか気が狂ったとか、クスリをやって飛んでいたとか、そんな理由でクロードを殺したのではない。ただ、これまで愛を知ることなく育ち、これからも愛を知ることのないイーヴが、手に入れたクロードという愛、刹那を永遠にするため、イーヴが選ぶことができた手段だったのだろうと思う。 今まで愛を知らなかったイーヴが、世の中の人間の大多数は愛を知っていることを知らずに、クロードとの愛の交歓の感動を語る姿は、愛おしくも痛々しく、切なさを感じた。 イーヴに学があれば、別な形で先になにか愛を知る経験があれば、ステーキナイフが落ちたのがクロードの側であれば、そんなことを考えずにはいられないほど、切ない愛の物語。. 作:ルネ=ダニエル・デュボワ 翻訳:イザベル・ビロドー/三宅 優 上演台本・演出:田尾下哲 キャスト:溝口琢矢、原田優一、米原幸佑、鈴木ハルニ 《舞台美術》松生紘子 《音楽》水永達也 《照明》稲葉直人 《音響》竹田雄 《衣裳》小泉美都 《ヘアメイク》Sleep 《衣裳進行》垰田悠 《演出助手》石井麻莉 《舞台監督》鳥養友美 《スチール撮影》NORI 《動画撮影》横山けーすけ 《web 制作》岩田美幸 《票券》鈴木ちなを 《制作協力》首藤悠希 《制作》松島瑞江 《企画・プロデュース》/三宅 優 Zu々.

クロードと一緒に ネタバレあり感想 4. それはなんていうか、キツイ仕事をして帰って来た夫を迎える愛しい奥さんとも違うし、ドラマに出てくる優しいお母さんとも違う。あの人はそういうドラマバカにしてたけどね。だからそのキスはそんなやすっちいもんじゃなかった。 あのひとは男で、少年で、それはとてもシンプルで、それはまるで、いきなり故郷に帰って来たみたいだった。. 引用をストックしました ストック一覧を見る 閉じる. ダブルキャスト について 稲葉イーヴが静ならば、相馬イーヴは動。 稲葉イーヴは真っ暗闇の中に一筋の光を見つけている感じ、相馬イーヴは眩しい世界から自分だけが落ち着ける暗闇を見つけた感じ。 びっくりするほど真逆だった。でもだからこそお互いのよさがさらに引き立つ。 相馬イーヴはものすごく熱量があったので打撃で攻撃うけてる感がすごくよかった。 ただ私の趣味としては稲葉イーヴの毎日少しずつ毒を盛られてる感じのほうがじわじわくるかもしれない。 稲葉イーヴが「おひさま」っていうのがすごく儚くて、きっと「あの人」は稲葉イーヴにとっておひさまみたいだったんだろうなと。 私のイメージする世界の中では。稲葉イーヴは弱くて、儚くて、壊れてしまいそうで、綺麗だった。 相馬イーヴは、強くて、逞しくて、壊れてしまっていて、汚かった。その対比が凄い。 「手に入れられないはずのものが手に入ってしまった感」は稲葉イーヴのが断然だった。 ただ逆に「生を確かに実感させる」のは断然相馬イーヴだった。 「生にしがみつく」と「死を否定する」は似て非なるもので、とても積極性のある感情と消極的な感情だと思う。 稲葉イーヴは他人事の様に語り聞かせる、相馬イーヴは自分の事だと信じたくなくて自分に言い聞かせる。 どちらもつらいものがある。だからどちらも観てよかった。.

田尾下: 「彼」は決して殺した理由を言おうとはしないんですね。彼は刑を逃れたいというよりも、殺した相手との思い出を語らずに済ませたいという思いがあったはず。それなのに自分から犯人であることを名乗るわけです。そこまでしているにもかかわらず、決して(殺したことを)語らないんです。刑事に対しても。(殺人のことを)言いたくないとまで話しているのに、なぜ最終的に語るのか。36時間も喋らなかったのに最後の30分で語りだすということはよほどのことだと。刑事の方も「絶対に自分が解決してやる」と言うにも関わらず、その後しゃべることがない。その2つの解釈が最大の課題だったわけです。それを観ている人が納得できるだろうかと。それがノーカット版をやることの意味だと我々は捉えました。我々としてはもともとのト書きをちょっと潰して、納得できるものに仕上げることを決めたんですね。もちろん今までのプロダクションはそういうことをしていないと思うのです。もちろん、俳優側も演じる意味を見つけやすいかなと。これから立ち稽古に入りますが、この芝居に関しては台本を読むこと自体が全体の8割だと思っています。どういうつもりでしゃべるのかということを理解するのが大切なので、あとはそれをアクションにするだけ。そういう意味では我々の方針は固まったところなので、これはいけるなと自信を持てている状態ですね。それは長い時間をかけて台本を読めた成果でもあります。.

溝口: 最初にお話をうかがったのは、前回公演の最中でした。そのときにこういう作品があるんですけど、ということをプロデューサーさんから聞きまして。もちろん作品も見せていただいたんですが、その時点でものすごく惹かれるものがありました。手放しに「この作品おもしろい!」というよりも、興味深いなという気持ちのほうが強かったですね。なにせ情報量が多いですし、その情報量の多さをちゃんと消化しないとこの作品はできない。それも精神のお話だったり…難しいなと当時は思っていまして、ぜひやらせてください、とはとてもじゃないけど言えなかった。じゃあ今自信を持てているのか。というと、自信を持って「やります!」とは言えます(笑)。なぜなら先日、zoomで初めて顔合わせをして、この物語について、顔を見せながらディスカッションしていったんですけど、この時間がものすごく有意義だったんだなと感じられました。自信がついているというよりも、稽古一つ一つにわくわくしていますし、今回はノーカット版。全く別の作品になるのかな、とも感じていますし「彼」というものを溝口琢矢として作り上げていければいいなと思っています。.

それはイーヴの生まれと、育ちと、生き方と、性格と、それから全て。 クロードに出会う事が無ければ一生知りえる事が無かった感情、けれど出会ってしまった、出会ってしまったからには何かしらの終わりがある、終わりを神に決められるくらいならこの手で終止符を打ちたい。という感情。 ナルト風神雷神 何故ならそうしたら「彼」の未来は自分を差し置いても進んでいく。つまり「相手の時間を止める」事でしかこの恐怖は拭えない。 だからそれを拭う為にイーヴはステーキナイフを衝動的に手に持った。.

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引用をストックできませんでした。再度お試しください 閉じる. Being at home with Claude クロードと一緒に 原田優一 溝口琢矢 田尾下哲 米原幸佑 鈴木ハルニ. 被害者を殺し、警察へと遺体の場所を連絡し、そしてここに立てこもった『彼』の足取りと行動を尋ねる刑事に、もう何べんも言った! と声を荒げながら何度目かの説明をする『彼』。 そこから長い長い会話劇で、硬く閉じた花弁を時間をかけてめくるように、物語は進んでいく。 『彼』こと殺人を犯した男娼イーヴは、その動機について刑事から執務室で執拗に探られている。 イーヴは、育った環境、生活環境から、あまり学はないようで、でも頭の回転や知能は高い人物のようだった。 苛立つ子どものような話し口調や、『ぼく』という一人称、刑事の苛立ちを退屈そうに受け流す床への寝そべりだとか、本をぱらぱらと捲る姿に、幼さを感じる。 会話は、殺人を犯した日のイーヴの行動や育ちをさらうような流れ、それからイーヴが殺した相手、クロードの話へと移る。文学を学んでいたクロードの日記には、この1ヶ月、文学作品の比喩をもって、イーヴのことが綴られていたと、イーヴがクロードを殺した動機を語らせようと、刑事はイーヴに伝えた。しかしそれを聞いてイーヴは、「読みたい!」と嬉しそうに声を上げ、自分の意図が伝わらない刑事はイーヴに更に苛立つ姿が、ちぐはぐで引き込まれた。 また、クロードのガールフレンドの話を語り出した刑事に対してのイーヴの取り乱しぶりが、印象深かった。それまでは対して何にも興味を示さず、行動を語ってもはっきりと覚えていないことが多いのか曖昧な供述も多かったイーヴの、感情を覗かせるシーン。.

イーヴは刑事が思っていたように、育ちが憎いだとか気が狂ったとか、クスリをやって飛んでいたとか、そんな理由でクロードを殺したのではない。ただ、これまで愛を知ることなく育ち、これからも愛を知ることのないイーヴが、手に入れたクロードという愛、刹那を永遠にするため、イーヴが選ぶことができた手段だったのだろうと思う。 今まで愛を知らなかったイーヴが、世の中の人間の大多数は愛を知っていることを知らずに、クロードとの愛の交歓の感動を語る姿は、愛おしくも痛々しく、切なさを感じた。 イーヴに学があれば、別な形で先になにか愛を知る経験があれば、ステーキナイフが落ちたのがクロードの側であれば、そんなことを考えずにはいられないほど、切ない愛の物語。.

全てが終わった後に「あの人を失う事の無い世界」が訪れた事に心底安堵をして帰路につく、けれどその安堵と共に今度は「あの人がいない世界」の存在に気が付いてしまう。 それを望んでいたのは確かに自分だったはずなのに受け入れる事が出来ない、だから蓋をする、見なかった事にする。 でもいくら蓋をしても漏れ出る感情は抑えが利かないもので、とかくイーヴは「誰かに自分があの人をこの世から奪った事」を、そしてそれと共に「あの人と自分は確かに愛し合っていたこと」を認めて欲しくて、解って欲しくて、伝えたくて、だから今回の行動を取った。. 引用をストックしました ストック一覧を見る 閉じる. 私のイメージする世界の中では。稲葉イーヴは弱くて、儚くて、壊れてしまいそうで、綺麗だった。 相馬イーヴは、強くて、逞しくて、壊れてしまっていて、汚かった。その対比が凄い。 「手に入れられないはずのものが手に入ってしまった感」は稲葉イーヴのが断然だった。 ただ逆に「生を確かに実感させる」のは断然相馬イーヴだった。.

イーヴがクロードと出会ってから殺し、そこから今に至る足取りを全て改めて話し、「これでぼくの話はおしまい」と唐突に物語は終わる。 見入ってたわたしは、物語の余韻なく赤レンガ倉庫の劇場へと放り出された。作内で昇華することの出来なかった感情は、劇場の雰囲気ある廊下や、赤レンガ倉庫の異国感、横浜のまちの光、やわりと香る潮の匂いと交わり、わたしの胸の中に、衝撃と切なさを残しながら揺蕩っている。. 作:ルネ=ダニエル・デュボワ 翻訳:イザベル・ビロドー/三宅 優 上演台本・演出:田尾下哲 キャスト:溝口琢矢、原田優一、米原幸佑、鈴木ハルニ 《舞台美術》松生紘子 《音楽》水永達也 《照明》稲葉直人 《音響》竹田雄 《衣裳》小泉美都 《ヘアメイク》Sleep 《衣裳進行》垰田悠 《演出助手》石井麻莉 《舞台監督》鳥養友美 《スチール撮影》NORI 《動画撮影》横山けーすけ 《web 制作》岩田美幸 《票券》鈴木ちなを 《制作協力》首藤悠希 《制作》松島瑞江 《企画・プロデュース》/三宅 優 Zu々.

  • 比較対象として私は「 ゴドーを待ちながら 」と「 金閣寺 」をあげている。 「ゴドー」に関してはその感情が自分に向く。 「いつかくるかもしれないゴドーと言う希望」を待っている時間がとてつもなく幸せである、けれどそれがもしかしたら来ないのではないのか?という疑問… つまるところ「今以上の幸せはないどころか今のこの希望にあふれた幸せな時間すら奪われるのでは」という気持ちが芽生えてしまったから彼らは命を絶った。. クロードと一緒に ネタバレあり感想 4.
  • クロードと一緒に ネタバレあり感想 4. クロードはそれらが「愛」に向いている。 自分がとてつもなく「彼」を愛していると気が付いた、そして「彼」が自分の事をまるでまったく同じように愛している。 そしてその事実に気が付いた瞬間、「もっと先の幸せ」ではなく「この幸せが無くなる恐怖」が見える。.

私の内包物をつれづれと

田尾下: 「彼」は決して殺した理由を言おうとはしないんですね。彼は刑を逃れたいというよりも、殺した相手との思い出を語らずに済ませたいという思いがあったはず。それなのに自分から犯人であることを名乗るわけです。そこまでしているにもかかわらず、決して(殺したことを)語らないんです。刑事に対しても。(殺人のことを)言いたくないとまで話しているのに、なぜ最終的に語るのか。36時間も喋らなかったのに最後の30分で語りだすということはよほどのことだと。刑事の方も「絶対に自分が解決してやる」と言うにも関わらず、その後しゃべることがない。その2つの解釈が最大の課題だったわけです。それを観ている人が納得できるだろうかと。それがノーカット版をやることの意味だと我々は捉えました。我々としてはもともとのト書きをちょっと潰して、納得できるものに仕上げることを決めたんですね。もちろん今までのプロダクションはそういうことをしていないと思うのです。もちろん、俳優側も演じる意味を見つけやすいかなと。これから立ち稽古に入りますが、この芝居に関しては台本を読むこと自体が全体の8割だと思っています。どういうつもりでしゃべるのかということを理解するのが大切なので、あとはそれをアクションにするだけ。そういう意味では我々の方針は固まったところなので、これはいけるなと自信を持てている状態ですね。それは長い時間をかけて台本を読めた成果でもあります。.

全ての原動力はただの愛でしかない。 愛してるからこそ手に入れて、怯えて、奪って、失って、傷ついて、けれど認めて欲しくて。 なんて幼稚で考えなしで、けれど衝動的かつ奥深い感情なのだろうという所で涙がとまらなくなる。. とても感銘を受けて、感想をぼろぼろこぼしていたのだがまとめ損ねていた。 今年の松田稜くん版も観にいく気でチケットを購入していたのだが、今この状態で「クロード」を観たら自分の頭が壊れるのは解っていたので、凄く後ろ髪を引かれたがチケットを探していた友人に代わりに行って貰う事にした。 結果的にそれでよかったのだが、でも去年自分が思ったことを吐き出すなら今かな、と踏んだので考察の息抜きに「クロードと一緒に」の感想を投げておくことに。 感想読み返していたら、やっぱり行きたかったな~と思ったんだけど、そうやって想いをはせるくらいがこの作品はいいのかもという事にする。 何故なら、感想の引き出しを開いただけで、具合が悪くなりそうになった。1年経っても、やっぱりこの作品は重すぎる。.

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W主演(松田凌・小早川俊輔)、W演出、Wキャストで4度、蘇るモントリオールを舞台にしたカナダ戯曲(R-15指定)

この舞台に関しては私はド頭から「イーヴの感情を理解できない人が理解できない」という意識で見ていて、改めてもう一度見てみてもやっぱりそうだった。 だから正直言うと刑事の方が何を言ってるのか解らな過ぎて「???」となってしまうというか。 だって愛する人を殺すのって最大の愛の感情でしかなくて、それが憎しみだとしても、それは愛情の裏返し。 「自分を見てくれなくなったから」「自分を否定したから」「自分の事を好きじゃなくなったから」。そして「そうなる時が怖いから」というのが答えでしかない。. 稲葉イーヴが静ならば、相馬イーヴは動。 稲葉イーヴは真っ暗闇の中に一筋の光を見つけている感じ、相馬イーヴは眩しい世界から自分だけが落ち着ける暗闇を見つけた感じ。 びっくりするほど真逆だった。でもだからこそお互いのよさがさらに引き立つ。.

比較対象として私は「 ゴドーを待ちながら 」と「 金閣寺 」をあげている。 「ゴドー」に関してはその感情が自分に向く。 「いつかくるかもしれないゴドーと言う希望」を待っている時間がとてつもなく幸せである、けれどそれがもしかしたら来ないのではないのか?という疑問… つまるところ「今以上の幸せはないどころか今のこの希望にあふれた幸せな時間すら奪われるのでは」という気持ちが芽生えてしまったから彼らは命を絶った。. 引用をストックしました ストック一覧を見る 閉じる. それはイーヴの生まれと、育ちと、生き方と、性格と、それから全て。 クロードに出会う事が無ければ一生知りえる事が無かった感情、けれど出会ってしまった、出会ってしまったからには何かしらの終わりがある、終わりを神に決められるくらいならこの手で終止符を打ちたい。という感情。 その感情がとっても綺麗だと思った。とにかく綺麗。物凄い解る。でも自分が死ぬんじゃ意味がない。 何故ならそうしたら「彼」の未来は自分を差し置いても進んでいく。つまり「相手の時間を止める」事でしかこの恐怖は拭えない。 だからそれを拭う為にイーヴはステーキナイフを衝動的に手に持った。.

田尾下: この作品は、1回観ただけだと分からない部分がたくさんあるんですよ。だから日本でも海外でも何度も上演されているのですが、同時にそれだけ戯曲がそれだけいいということですよね。作者の想いをすべてわかりたい、表現したいというのが年版ですから、その想いが大きな動力になっていると思います。今回はこの状況(緊急事態宣言)ですから、対面ではなくライブチャットでホン読みをしているのですが、だからこそマスクをしないでできているんですね。だから表情などを見られるのが非常に有意義だったなと思っています。俳優側としてもマスクがないだけストレスもかからなかったようですし。同様に、ライブチャットだと資料の共有もできていて。よりわかりやすい、便利だなと。むしろ台本をそれだけ読み込めたということが却ってよかったとも思います。1ヶ月をホン読みに費やせたことってなかなかないんですよ。なので、毎日発見がありますが、この発見はいつまで続くのかなと。カンパニー全員が理解できているので、お客様に伝わるものが変わってくるのではないかと信じてやっています。また、(鈴木)ハルニさんはこの作品、日本では全公演参加していらっしゃるんですが、彼の演じ方も今までとは違ってくるし、大きな役割を果たしてくる。そういうことからも、今まで観た人にも新鮮さが伝わってくるのかなと思っていますね。きっと俳優さんのファンだったり、いろいろな切り口でいらっしゃる方も多いと思いますが、この作品の物語部分を、決して明るいものではないですけれど希望を感じる部分を、ぜひ感じてほしいですね。.

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~クロードと一緒に~ キーケース

私のイメージする世界の中では。稲葉イーヴは弱くて、儚くて、壊れてしまいそうで、綺麗だった。 相馬イーヴは、強くて、逞しくて、壊れてしまっていて、汚かった。その対比が凄い。 「手に入れられないはずのものが手に入ってしまった感」は稲葉イーヴのが断然だった。 ただ逆に「生を確かに実感させる」のは断然相馬イーヴだった。. ダブルキャスト について コードブルーseason3 稲葉イーヴは真っ暗闇の中に一筋の光を見つけている感じ、相馬イーヴは眩しい世界から自分だけが落ち着ける暗闇を見つけた感じ。 びっくりするほど真逆だった。でもだからこそお互いのよさがさらに引き立つ。 相馬イーヴはものすごく熱量があったので打撃で攻撃うけてる感がすごくよかった。 ただ私の趣味としては稲葉イーヴの毎日少しずつ毒を盛られてる感じのほうがじわじわくるかもしれない。 稲葉イーヴが「おひさま」っていうのがすごく儚くて、きっと「あの人」は稲葉イーヴにとっておひさまみたいだったんだろうなと。 私のイメージする世界の中では。稲葉イーヴは弱くて、儚くて、壊れてしまいそうで、綺麗だった。 相馬イーヴは、強くて、逞しくて、壊れてしまっていて、汚かった。その対比が凄い。 「手に入れられないはずのものが手に入ってしまった感」は稲葉イーヴのが断然だった。 ただ逆に「生を確かに実感させる」のは断然相馬イーヴだった。 「生にしがみつく」と「死を否定する」は似て非なるもので、とても積極性のある感情と消極的な感情だと思う。 稲葉イーヴは他人事の様に語り聞かせる、相馬イーヴは自分の事だと信じたくなくて自分に言い聞かせる。 どちらもつらいものがある。だからどちらも観てよかった。.

田尾下: 「彼」は決して殺した理由を言おうとはしないんですね。彼は刑を逃れたいというよりも、殺した相手との思い出を語らずに済ませたいという思いがあったはず。それなのに自分から犯人であることを名乗るわけです。そこまでしているにもかかわらず、決して(殺したことを)語らないんです。刑事に対しても。(殺人のことを)言いたくないとまで話しているのに、なぜ最終的に語るのか。36時間も喋らなかったのに最後の30分で語りだすということはよほどのことだと。刑事の方も「絶対に自分が解決してやる」と言うにも関わらず、その後しゃべることがない。その2つの解釈が最大の課題だったわけです。それを観ている人が納得できるだろうかと。それがノーカット版をやることの意味だと我々は捉えました。我々としてはもともとのト書きをちょっと潰して、納得できるものに仕上げることを決めたんですね。もちろん今までのプロダクションはそういうことをしていないと思うのです。もちろん、俳優側も演じる意味を見つけやすいかなと。これから立ち稽古に入りますが、この芝居に関しては台本を読むこと自体が全体の8割だと思っています。どういうつもりでしゃべるのかということを理解するのが大切なので、あとはそれをアクションにするだけ。そういう意味では我々の方針は固まったところなので、これはいけるなと自信を持てている状態ですね。それは長い時間をかけて台本を読めた成果でもあります。.

イーヴとクロードの偶然の出会い、体を売っていたイーヴが、酔ったクロードに声を掛けられて買ってもらい、でも家に行ってもカナダの生活の話ばかりして、やっとベッドに入ったクロードは、なにもせずに眠ってしまったこと。いつもなら何もしなくても貰って帰るお金は、その日はじめて置いて帰ってしまったこと。自分のしたことなのに驚いたように、未だにその行為の意味が自分でわかっていないように興奮して話すイーヴに、切なさを感じた。 1ヶ月間の蜜月のようなクロードとの交わり、絵本を読んでもらったこと、イーヴにとってクロードはおひさまの様な存在に感じていたこと、「きょうだいになりたい」と言ってもらえたこと。 それからイーヴにはわからない、文学の本を2ページほど、読んでもらったこと。 イーヴは、自分の『男娼』という仕事を、食べるのための手段とわかりつつもとても嫌悪していて、たまに無性に自分のことが嫌になってクロードに話してしまう夜があると、痛みと嫌悪を帯びた表情で語る。そんなとき、クロードは「よしよし」と頭を撫でてくれる、と照れたような、懐かしいような表情で話していた。 話している最中、取調べ中刑事から雑に扱われたことを思い出したイーヴが、男娼という仕事は、寝るまではどんな男も全財産あげてもいい、と甘やかしてくるけど、行為が終われば虫けらのように扱う、さっきのお前と同じようにとイーヴは言った。 それを聞きながら、大なり小なり、女も割と高確率で男から性行為の前後に受けている行為だよなあ、と胸の心地が悪くなった。 イーヴがクロードを殺した日の話は、イーヴはまるで夢のように幸せなことを話しているように、興奮していた。 たしかにそれは夢のように幸せだったことなのだろう。イーヴにとっても、きっと、クロードにとっても。お互いの愛をお互いに手に入れて、溶け合ってひとつになった、そんな時間だったんだろうから。 殺人の手順を話しているはずなのに、その話口調も表情も、まるで惚気のようだった。.